株式会社めいほく接骨院の【原点】

柔道と接骨院の関わり

接骨院の先生は「柔道整復師」という国家資格になります。その名称の通り、柔道と深いかかわりがございます。

柔道の前身である柔術の技術は、「殺法」と「活法」に大きく分けられます。

殺法は、柔道としてスポーツに発展し、活法は、治療技術として発展し接骨院のルーツになります。

めいほく接骨院は、先々代の田中健造が大正時代から柔道に打ち込み、柔道場の片隅で施術をしていたのが始まりになります。

※写真:大正4年1月

※田中健造は、最前列左から3人目

 

※田中健造は、前列左から2人目

創業の精神

当時の日本は、今のように物心ともに豊かでなくケガをしてもすぐにお医者さんに診てもらうということがなかなかできませんでした。

そこで田中健造は柔道で培った柔道整復術で施術を行っていました。

お金がない方にも志だけでよいと言って施術をしていたようです。

自分にできることがあれば少しでも誰かのためになればという気持ちであったのだと思います。

まるで黒澤明監督の“赤ひげ先生”のような懸命さは、ルーツとしてめいほく接骨院グループにもしっかりと根付いています。

※昭和7年にこの建物が建てられ、昭和37年より2代目の田中建次へ田中接骨院を引き継ぎました。戦前から続く、めいほく接骨院のルーツがここに!!

※田中ほねつぎに改名し、上の写真の建物に建て替えられました。

※医療機器のアナログメーターが歴史を物語ってます!

三代目:田中雅大のストーリーとめいほくグループの紹介

高校2年生の時、柔道の練習中に腰部を負傷。腰椎椎間板ヘルニアを患い手術に至った経緯があり、医療や健康に興味を持ちはじめました。自らも接骨院という医療に魅力を感じ、平成13年柔道整復師となり平成20年めいほく接骨院北区上飯田院を開院させました。

現在は、名古屋市東区・北区・瑞穂区に3院を構えている株式会社めいほく接骨院。「東海№1の接骨院グループを作る」をビジョンに「痛みを出さない、繰り返さない体づくり」のため患者様への施術を行っています。

今までの伝統を守り、これからも接骨業を引き継いでいきます!

※田中接骨院からめいほく接骨院へ改名しDNA

 

患者様とのストーリー(50代、80代の方)

今もめいほく接骨院に受診される患者様の中で「お爺さんに診てもらったよ。」という方がいらっしゃいます。

【現在80代の男性の方】

当時は肘内障(肘の脱臼)で受診されたようです。そんな昔話を話しながら今は腰の治療にご来院いただいてます。私自身、祖父に会うことなく他界しているので何とも感慨深いものがあります。

 

【現在50代男性の方】

幼いころに腕を骨折して父親(田中建次)に診てもらったことがあると話してくれた患者様が先日いらっしゃいました。当時を懐かしそうに話してくれたことが、うれしく感じました。

 

接骨院の歴史

接骨院の技術は、701年「大宝律令」に骨や関節の施術をした記録があるようです。

平安時代には、日本最古の医書「医心方」にも施術をした記録があります。

江戸時代には、「正骨術」が柔術家に伝えられ一般的に広がったようです。

接骨院(柔道整復術)のもとは、柔術の「活法」と「正骨術」が融合し現在の柔道整復術が確立されたと考えられています。

1920年(大正9年)には、ついに「柔道整復術」という名称で国に認められ、第一回資格試験が行われました。

1989年(平成元年)には柔道整復師法の大改正により国家資格へと移行しました。